伯爵家に続く緩やかな坂道を自分の足で昇るのは、随分と久しかった。
前に帰省した秋口は、ユーリの御する馬車に揺られての帰省。酷く陰鬱な気持ちだった。だが、今のキルシュは、それ以上の不安を背負っているというのに、なぜだか気持ちが軽かった。 シュネが生きている希望があると分かってほっとした事もあるだろう。 それに、今は一人ぼっちではない。ケルンやファオルだっている。それが分かるだけで、伯爵家に戻る事に関しては大きな不安は無かった。それでも、この絆は永遠にできないのは分かっている。不透明で先行きなど一つも見えない。朝の不安はやはり頭をちらついた。
(それでも私は、今を大切にしたい……少しでも希望を信じたい)
どこに身を潜めているか分からないケルンの事を思いながらキルシュは歩む。今日の今日で全てが崩れるわけがないだろう。そう願いつつ、キルシュは黙々と歩んだ。ややあって、門の前に辿り着く。
キルシュが柵を押そうと手をかけたと同時だった。どこか不安そうにファオルが頬に擦り寄ってきた。『キルシュ、正面から行くの?』
「うん。状況が分からない以上、こそこそ入っても仕方ないもの。……私は、ここの〝お嬢様〟なんだから」大丈夫と念を押すように言うと、ファオルは静かに頷いた。
白い鳩の姿をしたファオルが、どこか甘えるように擦り寄る。それがとても愛しくて、キルシュは微笑む。 今そばにいてくれる事。それだけで心が救われる。(たとえ、門の先で罵倒されようと──もう、怖くはない)
覚悟は決まっている。それでシュネが無事ならば、それだけで良い。
屋敷を見上げると、灯りは煌々と灯っていた。
詳しい時間は分からないが、街の民家で時計を見た時、午後九時になろうとしていた頃合いだった。なので、まだ日付は跨いでいないだろう。しかし、キルシュは一つ違和を覚えた。正面玄関真上、最上階に位置する領主の部屋の灯りだけが消えているのだ。
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